富嶽N景

長文オタク語りや写真を投下

大学、楽しいですか?

 渋谷で街頭インタビュー!イマドキの大学生に質問!「大学生活、楽しいですか?」なんてことはやろうとも思わないけれども、世間の大学生たちは自身の大学生活に充足感を見出しているだろうか?という疑問はいつの間にか自分の中にあった。さて、自分もこの春から東京工業大学の3年となり、いよいよ4年間の学部生活も折り返し地点を過ぎてしまった。あと少し先に進むと、研究生活の闇が嬉々として口を開けて僕を待ち受けていて、そしてその先はどこかの企業に就職し社会の歯車となることだろう。もう人生下り坂確定演出である。溜息止まらん。

 

 さて、話を戻そう。恐らく多くの大学生は「大学生活は楽しい。」と答えるだろう。では、何をもって楽しいと判断しているのだろうか。これは持論だが、人間の楽しさや幸福の基準は相対的なものであり、自分の経験の中に対象を放り込んだ時の位置づけで決まるものだと考えられる。つまり、彼ら彼女らは自分の20年ほどの人生の中で得た経験と比較し、楽しいと判断しているのだろう。まあ、そうに違いない。

 

 ここまで考えて自分の思考は止まる。「あれ?自分にとっては、中高で過ごした6年間の方が大学で今まで過ごしてきた2年間より楽しかったかもしれない」

 

 

 これはもしかしたら自分の中にしょうもない逆張り感情があったのかもしれないし、結局自分の真意は分からない。ただ、分からないと言ってしまえばそれまでである。せっかく疑問が湧いたのだし、自分と向き合ってみるのもアリか。幸い自宅から外に出る用もなく時間は有り余っているし。と思いしばらくこの問いと向き合ってみることにした。

 

1.自分語りから始めよう

 こういう議論をするにあたって自分の出自を明らかにしておくのはけっこう大事。かどうかは分からないけれど一応議論の軸となるのが高校と大学の対比であるということで、自分の出身高校と通っている大学について簡単に紹介しよう。育った環境こそが当人の価値観を形成するって言うし。

 

 高校は都内にある中高一貫私立男子校。具体的な名前は出す必要性を感じないので出さないけれども、ある有名私立大学の系列なのでそこそこの知名度はあるはず(諸説)。大学はさっきも言ったけど東京工業大学という国立理系大学。今は機械系ってところで工学の勉強をしている。

 

 

 お察しの通り、「中高一貫・男子校・理系」をコンプリートしてしまっている。「コミュニーケーションの三重苦」と俗に呼ぶらしい。まあこれは今は関係ないか。恐らく自分語りなんてものには誰も興味ないと思うのでこれくらいにしておいて、それより下の画像を見てほしい。

 

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 これは自分が高校の人と絡むのに使っているTwitterアカウントで先日行った投票の結果である。これが統計学的に有意かなんていう疑問はさておき、半分以上の人が楽しいと答えている。いいことですね。

 

 ちなみに自分は2番目の選択肢「楽しいけど高校よりつまらん」の立場をとっている。同じことを思っている人も結構いたようだ。やはり男子校6年間は楽しかったのか?確かに男子校は極めて特殊な環境、社会のある意味での「極限状態」であり、その環境で人格が形成させると外の世界のスタンダードに慣れることは相当厳しいだろう。実際ここにきて自分も厳しさは感じる。

 

2.高校と大学の違いって、なんですか

 高校生と大学生の違いといって多くの人が即座に口にするのが「自由度」という単語だ。確かに、高校生は自由に使える時間が少なかった。朝から午後までずっと授業。それが月曜から金曜まであり、さらに土曜授業、部活。大学生の今振り返れば狂気だと思う。さらに門限もあったりしただろう。外で徹夜で遊ぶなどもってのほか。自分の高校はバイト禁止だったので使える金も貯めたお年玉と毎月のお小遣いだけ。懐かしい時代ですよ。

 

 それに比べて大学生はどうだろう。時間割はスカスカにしても大丈夫だし、自分で金も稼げて徹夜で外で遊んでも親はなにも言ってこない。「大学生ラクだぜいえーい!」なんて発言をしたらブラック学科の人々にボコボコにされてしまうので言わないけど、自分の学科はそこまでブラックでもなく、最低限の勉強をしていればそこそこの点数は来るし、しかも追加で自分の興味ある専門外の勉強にまで手を伸ばすこともできるくらいにはユルユルだ。高校生の時と比べると自分のために使える時間は山ほどある。その山ほどある自由時間の中で僕は友人とスマブラをしたり、図書館で本をたくさん漁って興味ある学問をかじったり、バイトで金を稼いだり、旅に出たり、二次元アイドルに夢中になったりしていたのだ。なんと豊かな生活だろう。

 

 ここまでの文章を読んだら多くの人は「高校生よりも大学生の方が選択肢が多いから楽しいに決まってる!」と感じると思うんですよね。それもN理あると思う。ただ、このままでは議論の飛躍がある。この結論を出す前に議論しなくてはならない段階が一つあるんですよね。

 

3.選択肢が多いと豊か←本当か??

 これは実際に科学的な調査がされていて、人間は選択肢が少ないほうが幸せらしい。っていう英語の文章を受験生時代に読んだ気がする。ソースを漁ってくるの面倒くさいのでジャーしますね。まあ、この話いろんなところで聞くしソースはいらないよね…

 

 正直、今は科学的な裏付けとかあんま関係なくて、単純な話、選択肢が増えるってことは、切り捨てなくてはならないものも増えるっていうことと同じなんですよね。よく、「大学生活では学問・サークル・恋愛・バイトのうち2つしか選べない」なんて言葉を耳にしますが、この言葉はかなり本質を突いている気がしますね。4つのうちから2つを選ぶということは、2つを選ばないということ。受験生時代によくやった場合の数の問題みたい。

 

 大学生、この観点から見るとかなり残酷で、「やりたいことがあっても金と時間の問題でジャーせざるを得ない」案件が多すぎる。特に自分はやりたい学問がたくさんあるがそれをすべてこなすには時間が足りない。ライブにも行きたい、そのためにはCDを積まされる、グッズも欲しい、国内旅行も海外旅行も行きたい。そのためには働かないといけない。まじでCD積ませる商法許せねぇ… ランテ●スとバ●ダイナ●コのことだよ

 

 という感じで、やること候補は増えたものの、すべてを選ぶことができない。なにかを切り捨てないとすべてが中途半端になってしまう… それが一番もったいないし一番怖い結末なんですよね。だけどやりたいことをそんな簡単には切り捨てることはできない。結局、選択肢ってのは味方じゃなくて敵だったんだ…

 

 っていうのが、高校のオタクにこの話題持っていって議論した結果気づいたことでした。人の意見を聞くのは大事。議論できる相手を持つのは幸せ。

 

 少し脱線するけど、よく大人が子供に向かって「勉強すると将来の選択の幅が広がるから勉強しなさい」みたいなこと言ってるアレ、どうなんすかね。選択の幅が広がることを暗黙のうちに「良」と決めつけっちゃっている気がしてあまりいい印象を受けないなぁ、っていうのが個人の意見。

 

4.輝いていた高校生活

 この無限在宅期間中のある日、大学のオタクが「ラブライブサンシャインを見ろ!」と言いながらHuluのリンクを送り付けてきまして。僕は中学時代μ'sにドハマりしてたのにサ!のアニメ始まる前にライバーやめちゃってたんですよね。今思えばマジで伸びないムーブだったな…

 

 感想:全人類見よう

 

 思いっきりハマりました。特に2期の後半はほぼ毎話泣きました。ここで無限にオタク語りしたい気持ちもありますがすると脱線して戻ってこれなくなっちゃうので自重。ちなみにルビィ推し。

 これはただの自分の習性みたいなものなんですが、一回ハマるとその後その作品について脳内で無限に思考しちゃうんですよね。大抵の場合は大した結論は出ずに終わるんですが今回は違いましたね。まあここからもともとの議論に繋がるの冷静に考えると意味不明すぎるけど。

 

 自分の高校生活を今振り返ると泥みたいだけどなんだかんだキラキラしてるなぁ、っていうのが率直な感想ですね。黒光りみたいな感じ。意味わかんないけど。しかも別に大したことやってないんですけど。授業は半分くらい寝てたし成績も高1の時は最悪だったし。それでも、当時は脇目もふらず夢中になれることが自分の目の前にあって、それに向かって限られた時間で全力で夢中になっていた。っていうのが今の視点から見た自分の高校生活なんですよね。サ!の2期の最後の、千歌が輝きとは何かに気づくシーン、あれがかなり自分に刺さったわけなんですけど、結局「わき目も振らず何かに夢中になること」が「輝き」だったんだろうなぁ。道理で普段は死んだ顔つきのオタクたちがライブ会場に行くとあんなに輝いて見えるわけだ。

 

ここまで来て解釈違い発生してたらごめんなさい ゆるして…

 

 もうちょっとまともな感じに言語化をすると、結局高校生って自由に使える時間も金も少ないし、選択肢も当然かなり削られてくる。だから逆に高校生の時の自分は何かを切り捨てる必要性に迫られることなく、夢中になれることにずっと夢中になれていたのだろう。そして今の自分は、夢中になれることがあってもそこに浸かっていられるのは束の間で、夢が醒めるとそこには息苦しい現実があって、切り捨てた選択肢の亡霊に心を喰われながら日々生きていくしかないんだ… だから自分は今になってこの物語に惹かれたんだろうなぁ…

 

 今になって青春のなんたるかを理解してしまった… そして自分の高校生活も一生戻ってこない。はぁ。時間は一方通行。

 

5.大学、楽しいですよ

 ここまで来て自分が辿りついた結論は結局、選択肢の爆発的増加が息苦しさに繋がった、というものだったが、要因はこれだけじゃないと思う。就職などといった「将来」が実在としてして自分に迫ってくる不安感だったり、社会に保護させる立場をある程度捨て去って自分で自分のことを決めなくてはいけない重圧。これらのものを感じる機会に無自覚に遭遇しているのだと思う。特に大学同期と酒を飲んでから将来について話し合うと地獄の様相を呈する。勘弁してくれ。

 

 ただ、誤解しないで欲しい。自分は大学生活の全てを否定的に捉えているわけではない。大学で出会った人間は変人・奇人が多く、話していても楽しいし、大学で触れる学問も魅力的であると日々感じている。まあ、たまに嫌になるけど。冗談はさておき、自分は周囲の人間関係や学問をやる環境には比較的恵まれていると感じているし、それに対する感謝も忘れてはならないと思っている。みんなありがとう。

 

 それでも最初に言った。楽しさ、幸福は経験と比べるもの、相対的なものであると。自分の中で高校生活が褪せない黒光りを放ち続けている以上は、大学生活よりも高校生活の方が楽しかったと、自分はそう言い続けるだろう。

 

6.人生、楽しいんですか?

 これからの人生でもう一度輝かしい日々はやってくるだろうか。そんなのは分からない。まあ人生1周目なのでね。でもあまり肯定的な見方はできないかなぁというのは感じるよなぁ… こんなこと言い始めるとまた鬱病になっちゃうからやめておくか…

 

おしまい